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『極北の知恵・技〜生きるための叡智 』
T.チャーチルの月に聴く、そして地球を読む (その五) 極北の救援とその技
古くから人間は、宇宙(そら)や月を観察して、その営みに耳を傾けてきた。 病気は新月と満月に悪化し、重病者だと死に至ることもあると言われている。お酒も、満月には効き目が早いそうだ。満月や新月の近くに、交通事故が多いことはよく知られている。 生き物の性行為、新陳代謝活動などが異常に高まるのには、月の満ち欠け(月齢)と関係がある。だから人間はそのリズムを大切に守ってきた。 今でも漁師は、月齢で潮の満ち引きを読む。農家でも、種まき、植え付け、収穫など太陰暦で判断する。 カナダや北米先住民の間では、月齢に合わせて薬草の採集や調合をすることで、効き目が違うことに知っている。森羅万象は(宇宙)や月の動きに結びついている。
その時、右の運転助手席の窓の雪を外から誰かが払いだした。 "ゴンゴン、ゴンゴン"と窓ガラスを拳で叩いて、窓を開けろと手招きをする。 灯が窓からのぞく顔を照らすとウエインだ。その時ばかりは、彼が神様のように見えた。窓を開けると吠えるような吹雪の中で、"Hisa!動けるか?車から出られるか?"と怒鳴ってくる。 "左のドアーは開かないけど、右なら出られると思うよ" ウエインは安全を確認すると、ニタリとしながら大声で、"パニックになるな!大丈夫だから、でもな、このことお前のホームページに書けよ"。どんなことがあっても冷静な男に真の思いやりを感じる。 まず、ドアの窓ガラスを全開して風で飛ばされないようにする。それから車から注意深くでる。そのとき、カメラの防寒用カバーが吹っ飛んだ。拾おうと追っかけたが、ものすごい勢いで、風に飛ばされていった。 防寒カバーをなくしたのでは、明日から写真を撮るのには手が凍えてしまう。でも命と比べれば安いものだ。 すでにウエインは、シャベルでトラックの後ろ側から雪かきを始めている。そんな時、私が手伝えるのは、懐中電灯で照らすことぐらいだ。 トラックの下に潜り込めばいいが、少し風当たりの強いところに立っていると、すぐに吹き飛ばされてしまう。 ウエインが私の車を引き出すために牽引用のロープを持ってくる。トラックの後方にくくりつけ、彼のトラックで引きだそうとしている。 風が強くて、ロープがうまく括り付けれない。その上、掘り起こした雪が、瞬く間に穴を埋めてしまう。懐中電灯で照らしていたとき、二人とも風に流されて雪のくぼ地に放り込まれた。 後方からバスが来た。ライトで我々の作業を助けようと照らしてくれる。何度も試すが、視界が利かないなかでは困難だ。強風が二人の体を浮き上がらせる。フードで覆っていても、風の冷たさは並でない。厚い防寒手袋をしていても、寒さが手にしみこんで来る。 "Hisa! だめだ。これは俺の経験からしても10倍難しい"と、さすがのウエインもさじを投げる。 バリバリと氷のかけらがパーカーのフードにぶつかる。強風がうなり声をあげている。もしウエインがいなかったら、雪に突っ込み傾いたトラックから一歩も出られなかっただろう。暗闇の中で分かるのは、海から風が吹いていることだけだ。 二人は、吹き飛ばされそうになりながらも、バスまで行った。ウエインが運転手に向かって、"おい、Hisaを知っているな。車を置いて行くから、彼と荷物を村まで送ってくれ"と叫ぶ。 極北の小さな村では、みんな何らかの形で助け合わないと生きてはいけない。 運転していたのは、マイクだ。チャーチル生まれで、観光業をやっている。ここではマイク・シャークがニックネームだ。ブライアンがつけたあだ名だ。仕事熱心なので、金に貪欲なのだと皮肉ってつけた名前だ。
"マイク。迷惑をかけるな"と詫びを言う。 やっとのことで3個の荷物を運び込む。カメラが3台と何本かのレンズが入った大きなケース、400ミリ・F2.8のレンズが入ったバッグ、そしてこの先また事故があったらいけないので、魔法瓶といくらかの食料、懐中電灯。厚手のパーカーをやっとのことで運びこむ。 先に出発したウエインのトラックは、ホワイトアウトの中にすでに飲み込まれて見えない。 ”いくぞ!”と、バスが走り始める。それでも、胸の高まった鼓動が収まらない。背の高いバスに乗っても、やはり真っ白で前方が見えないのは同じだからだ。いつの間にか、座席の背もたれを必死につかんでいる自分に気がつく。 運転手のマイクは、無線で呼びかける。"こちらマイク、どうぞ。バス2号、3号返事をどうぞ"。 "こちらバス2号、どうぞ"と返事が来る。 "マイク!よそのバスが吹き溜まりにはまった。そのためバス2号動けない。何もやることがないよ。どうぞ"。 "わかった。気をつけてください"。 "2号、3号、そちらの視界はどうですか?どうぞ" "こちらバス2号です。何も見えないさ、バス1号はいかが?わっはは・・"と笑い声が聞こえる。みんな、この悪天候を楽しんでいるようだ。 "こちらバス2号。拾い物は、Hisaか!オーイ、Hisa!お前はラッキーボーイだ。マイク!Hisaを、雪の中へ捨てちゃえ!この天気を、もっと楽しんでもらえ。ワッハハ、どうぞ"と、人の気も知らない。 "やめてくれ!これでは明日の朝までに、チャーチル中で有名になってしまうではないか"と、こんどは恥ずかしさが先行する。ただでさえ迷惑をかけていると反省しているのに。 "マイク、こちらに2号車。ライトを消して運転してみな!でもハザードランプは点灯するのだ。追突されてはいかんからな。どうぞ"と、変な指示が飛んでくる。 "2号車、そうだったな"と伝えると、マイクはヘッドライトを消してしまった。真っ暗で見えない中、走り出した。何を考えているのだ。座席の背もたれを持つ手に力が入る。 "Hisa!心配するな!よく見てごらん。ライトをつけているときより、よく見えるだろう"と、言ってスピードを緩めない。 "マイク!ライトを消して何故見えるのだ?"と極北の運転に驚かされる。 "Hisa!いいか。今、ライトをつけるからな。ほら降っている雪がライトで光って先が見えないだろう。"と、点けたり消したりして見え具合を見せる。こんなところにも、極北ならでの生きる技があった。 ゆっくりではあるが村の灯りが近づいてくる。その灯りは、心までが温めてくれる。ほっとしたのか、座席の背もたれを握り締めていた手も、いつの間にかゆるやかに膝の上にあった。
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(C)1997-2006,Hisa.