チャーチルの月に聴き、地球を知るころ

 

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『極北の知恵・技〜生きるための叡智

T.チャーチルの月に聴く、そして地球を読む

(その四) ホワイトアウトで、動かないトラック


ほとんど先が見えないホワイトアウトの中で、ハンドルを握るのは生死の境を行くようなものだ。ものすごい風が地吹雪となって駆け抜ける。

ホワイトアウトが一瞬切れると車を進める。30分で村に着くところなのに、一時間過ぎても明かりが見えてこない。道路標識のポールですら吹雪の中で見失う。止まってはポールを探す。ポールが見えたときは、"やった!"と嬉しくなる。

右側を確認し、次に左側を探す。海岸沿いを走っているはずだが、まだ一度も海を見ていない。いくら目を凝らしていても白一色の世界以外何もない。

しぶきが飛んでくる。−15℃以下、真水ならとっくに氷になっているから、この水は海水だろう。一瞬のうちに、氷となってこびりついてくる。ワイパーがゴリゴリと音を立てて氷を振り払う。

"よかった!ヒーターが効いているようだ”

ブライアンの教え通り暖房を最大にして、フロントガラスに熱風を当てていたのは正解のようだ。以前、古い車で走った時には、暖房が効かなかったためにガラスが凍り付いてしまった。車から降りてヘラで氷を削り落とさなければならなかった。その度に車から降りて、寒風にさらされながら作業をするのだから大変だった。今は、順調に前進していることにしよう。小さな声で”やった!”と一人しかいない車内で叫ぶ。

ここは最も海に近いところに違いない。"左のポールはどこだ・・・あった"。至福の歓声を上げる。”右側のポールはどこだ。右にそれ過ぎればハドソン湾へ転落する。明日まで誰も迎えに来ない。その前にシロクマが襲ってくるかもしれない。1メートル先も見えなくなっては、覚悟を決めるほかない。待つのだ、見えるまで"と、身の安全であることに感謝もする。

"宿の前にたたずむ自分の姿を思い浮かべよう。きっと宿の中は暖かいぞ、そのためメガネが曇るだろうな"と、都合の良い事だけを考え気持ちを落ち着かせる。”これで何回、同じことを考えたのだろう?"

右のポールが見つかれば、又それで幸せなことだ。先のことを考えれば、悪い方へ入ってしまう。目の前の幸せだけで十分だ。それ以上は考えない。

一度の不幸で全てが終わりになる。今までチャーチルのもたらした生きがいはお釈迦になる。まるでオセロゲームだ。

"左のポールはどこだ。見えた!よっし、道路の真ん中を運転しているのだ。左側によれば大丈夫だ"。時速は5キロか10キロ、それも進んでは止まる牛歩だ。

"やばい!何ということだ。左側のポール確認したはずなのに”、その左にまたポールがある。これでは右により過ぎていることになる。このままでは、落ちる!!"。ゆっくりとハンドルを左のポールの横へ寄せる。"これでまた道の真ん中に来た!”と胸をなでおろす。

その時、トラックが風にあおられたのか、左にスリップをしだした。

45度の傾きで左側の雪の中へ突っ込んでいるのが、スローモーション映画を見ているように目の前で起こっている。・・・・・雪がクッションになって、ショックはない。エンジンはそのままだ。

左側の窓は雪しか見えない。右の窓には、ハドソン湾から吹く雪嵐で、あっと言う間に真っ白になった。身動きが出来ない。

元々ホワイトアウトの中だから、真っ白には変わりはない。ワイパーも凍りついたのか、動かなくなった。

パイロットのジルの話を思い出す。"Hisa!私が行くもっと北にあるヌナブットでは、ホアイトアウトの時、5メートル離れた隣へ行こうとした人が、道を見失って死んだよ"。間違っても外へ出てはいけない。

"氷点下40〜50℃の時でもシロクマは雪の穴の中で子育てをする。ここは自分の生命力にかけよう。それに後から来るウエインが見つけてくれるはずだ。彼も極北の達人だから、間違いない。

ガソリンの量を目で確かめる。半分以上はある。"大丈夫だ"。室内灯と尾灯はどうかチェックをする。"大丈夫"。この傾き方だと道路の中心部より離れているから、後続の車が来ても追突されることはないだろう。不安を払いのけるように都合の良い解釈をする。

そうだ。ブライアンだったらこんな時には、まずコーヒーを飲んでから考えるだろう。魔法瓶のコーヒーを少しだけ口に含ませる。

まだ半分はあるし、暖かい。こんがりと焼いたベーコン、クッキー、りんご(1)、それに出発したときに、ブライアンがトラックの中に放り込んでくれたサンドウイッチもある。冷たくても心強い。

手袋(2)、ビーバー製の帽子、厚手のパーカー、セーター(1)があるから、明朝までは大丈夫だろう。

"シロクマに襲われたときのためのベアーガスがあるはずだ??"銃がないので、ガスだけが頼りになる・・・・。ごそごそと探し出す。


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(C)1997-2006,Hisa.