チャーチルの月に聴き、そして地球を読む

 

 [HOME] [新着情報] [目次] [講座シロクマ] [シロクマinチャーチル] [フォトギャラリー] [玉手箱] [素材] [掲示板]  

         

『極北の知恵・技〜生きるための叡智

T.チャーチルの月に聴き、地球を読む

 (その三)ブリザード(暴風雪)、スノーブローイング(地吹雪)、そしてホワイトアウト


(講座: 満潮と干潮、大潮と小潮)

海では1日に2回、海水位が規則的に変化する。これは「干潮」と「満潮」と呼ばれる現象である。海を満たす莫大な水を動かす。

その差は時と場所よって変化をする。干満の差を生み出す力は、月や太陽などの天体と地球との位置関係が、地球の自転や公転によって変化することによって引き起こされる。チャーチルでは、その差は大きい時には6メートルを越す。

太陽は、月よりははるかに大きいが、太陽が地球におよぼす干満の力は月の半分にも及ばない。それに、地球が太陽を回る公転軌道は楕円形をしているため、太陽と地球の距離は一定でない。

また地球の自転軸が傾いているから、干満の差が大きい大潮でも月が地球より太陽に近いときと、遠い側にあるときでは干満の差が違う。このように様々な条件が重なり合って、1日の中でも満潮時の水位はまったく同じではなく、その差が大きくなると1日1回しか満潮が見られないこともある。

平らなツウンドラ地帯であるチャーチルで、月と地球の距離が近いときの満月は、驚くほど大きい。その時、何事が起こったかと宿の人にあわてて聴いたことがある。これも極北ならでの驚きである。

(大潮と小潮)

太陽=地球=月が1直線に並ぶ「満月』と、太陽=月=地球が一直線に並ぶ『新月』のときには、干満の差が一番大きくなり、大潮と呼ばれる。月の起潮力により増幅される。

太陽=月=地球を中心として直角に並ぶ『上弦』と『下弦』の月の時には、太陽の起潮力と月の起潮力は働く方向が違うので打ち消しあい、干満の差が最も小さくなるので『小潮』と呼ばれる。(参考資料:Newton、Newton Press)

                   *

"ブライアン!!海から湯気が出ている!"・・・・・・・・・。

空は曇っているのに、海にはコーヒーカップから湯気が上がっているようにみえる。漂っているようでもある。

ブライアンはあごひげをなぜながら、その光景に見入っている。
"今日は、満月の大潮だ。少し、潮の引きが早いな。よっし、帰ろう。スペインの撮影グループにも嵐が来ると伝えなくては"

それからは、全てが早い。5分も経たずに、雪が降り始めた。夏には花が咲き誇っていた草も、雪交じりの風に"ブルンブルン"と震え始めた。”嵐なんか負けないぞ”と言おうとしているのか。その変化をスペインの撮影隊は、チャンスとばかり撮影をしている。地道な仕事ながら、極北の変化を伝えるにはこのようなチャンスは滅多にない。なにせ、一年間、居座った撮影隊は今までにいないから、短期間の彼らにとっても良いチャンスだ。

ブライアンもそのその光景を眺めて、帰ろうと言いそびれている。風が強まることにつれて、積もっていた雪も巻き上がり始めた。地吹雪になる。

ハドソン湾はすでに見えない。7頭いたはずのシロクマも白い雪の中に消えた。トラックの外へ出たくとも、シロクマの確認がままならない。


  *
スペインの撮影隊が去った後は、2〜3メートル先も見えない。それにトラックの窓を開けると、強風とともに雪がなだれ込んでくる。

ブライアンは、ジル、ウエイン(地元の写真家)と私を呼ぶ。風上に向かって車を停車して、ドアを開けなければならない。

"俺は、RX(町の近く)の犬にえさをやらなければならないから、ジルと先に帰る"と言う。彼はいつも行動予定をあらかじめ説明する。説明しながら、自分の作戦が正しいかを確認しているのだ。見かけと違って、いつも慎重だ。

"ウエイン!お前はHisaのトラックの後に付いて行け!。Hisaは、こんな嵐に慣れていないから"と吹雪に負けないように大声で指示する。

"Hisa! もう風速40〜50メートルはあるぞ、雪の流れを見ながら運転しろ。雪は、海側から流れてくるからな。そしたら自分がどこにいるかがわかるからな。

道路の両端には20メートルごとにポールが立っているのを覚えているな。左右のポールの間を走るのだぞ。特に、海側にある右側のポールには近づくな!海側の崖に落ちると、発見できない。

それから暖房は最大にするのだぞ。それもフロントガラスに熱風が当たるようにするのだ。この風だと海水が飛んできて、フロントガラスが凍りついて先が見えなくなる。

道路には、雪はなくても氷が板状になっていてあるけない。何か起きてもパニックになるな。何か食べろ、何か飲め。困ったらいつも俺が教えたことをゆっくりと思いだせ。くれぐれも車から出るな、じゃあ、後で会おうな"と諭すように言う。

ブライアンの大きなトラックとジルの真っ赤な小型ジープは、あっという間に雪嵐の中に飲み込まれてしまう。あっという間に、尾灯すらかき消される。

ウエインが、手で先に行けとゆっくりと合図を送ってくる。
彼の手招きに従って、ゆっくりとトラックをスタートさせる。前方のトラックのボンネットすら見えない。雪が殴りつけている。強風が地吹雪となって荒れ狂っている。

”ホワイトアウトだ”。初めての経験ではないが、これはすごい。時間をかけてみても、視界はゼロだ。ミルクの中にいるようだ。

フロントガラスには、雪がはじけるように次から次へとなだれ込んでくる。まるで雪が”ピョン、ピョン”と跳躍運動をしているようだ。温度が低く、風が強いので、雪は降っても固まらない。

ふと子供頃、遠州灘に面した中田島(静岡県浜松市)の砂丘で遊んだことを思い出す。風が強いと砂は恐ろしい勢いで飛び回る。

一夜にして10メートルを越す小山を作ったり、その小山を移動させたりするのを覚えている。頭を低くして、砂の飛ぶ様子を見ると、まるで飛び跳ねているようだった。それに強い風に乗って次から次へと、絶え間なく飛び跳ねながら移動をする。

それに飛び散る砂が顔や手足など肌に当たると、痛くて悲鳴を上げた。強い風は、砂を首筋から、袖口からも入りこませる。頭の毛の中にも、砂でジャリジャリになってしまう。そんな自然界の力に驚かされたことがあった。今の光景は、よく似ている。

この地獄にでもいるような自然界の力は、命の不安すら覚える。

道幅を示すポールを探す。ポールを見つけながら、5メートルずつ前進する。次のポールが見えるまでは留まるか、それともさらに2〜3メートル進む。

強風は、車体を揺らせる。、走っている時はそんな強さはわからなかった。

後ろを見てもウエインのトラックのライトは見えない。”こんなにゆっくり走っているのに。経験豊かなウエインですら苦戦しいるのだろうか"。まるでこの嵐は永久に続くのだろうか。今は、静寂と言う言葉はどういう意味だったのかすら忘れてしまったようだ。まるで遠い昔話のようだ。

問題は、次の数メートル先だ。100メートル先など意味がない。ポールを見つけた時、それは最高の幸せだ。心の冷静さを保てることだ。

トラックは風で揺れるだけではない。アイスバーンになった道路を滑る。夢であって欲しい。こんな恐ろしいことはない。

今は考えよう,宿の玄関に立って、"ただいま、帰りました"と言っている自分の姿を。宿の灯りを見たら、さぞかしうれしいだろう。宿に入るとメガネが曇るだろうな。

その姿だけを考えよう。 (続く)

 

  (次へ)      (戻る)     (目次へ)

 

 
   
 

 

(C)1997-2006,Hisa.