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T.チャーチルの月に聴き、地球を読む (その二)近づく雪嵐と、その対策 生き物は、海で誕生した。4億年前、脊椎動物の先祖である魚類も海に誕生した。生きとし生けるもの全て、潮の満ち引きに影響される。月と道ずれに暮らしているわけだ。 光が見えない深い海の底でも、月からの合図で生き物の繁殖は行われる。それに女性の妊娠は、その人が生まれた時の月相を待つといわれる。 チャーチルでもシシャモの大群が、月相に合わせて何億、何十臆もの産卵を一度に行う。それを追いかけて、真っ白なベルーガが何千頭とチャーチル川に現れる。生き物は、なんらかの関わりをもって生きている。 人間も、月や宇宙のリズムに合わせて、生まれ、呼吸をし、笑い、行動を起こし、泣き、血を流し、悲しみ、力を失い、そして死んでいく。 宇宙のリズムに従うことは、しなやかな生きる知恵であるかもしれない。
"ブライアン!!何か海にいるのか?" "空一杯の鷲を見ろよ。嵐が来るのだ。今、月がなにを考えているのかを見ているのだ。見えない昼間にも、月は合図を送っている"。 波もない海を見て何が分かるのか。 "Hisa、海をよく見ろ。海の変化をすべて見るんだぞ。少しでも変化があったら教えろ"。 "ブライアン、どんな変化を見てればいいんだ?"と訊く。 "全てだ。波、色、空の色、何でもだ。いいな"と、真剣に言う。 日本にいたら、天気の予報はテレビで十分だ。極北では天気予報はほとんど当てにならない。私が最も信頼しているのは、ブライアンに聞くことだ。 "Hisa!今日は、シロクマの写真は撮れたか?" "ウ〜ン。シロクマはブッシュの中で寝ているのかな〜。あまり見えないな。ブライアン!これからどうする?"。 "200メートルくらい先のブッシュを刈りにいこう。高さ1〜2メートルくらいだけど、大きな雪の吹き溜まりを作ると、車が通れなくなるからな。吹き溜まりが出来るとHisaの大好きな雪かきをしなくてはならないぞ"と、何年か前に地吹雪の中で、吹き溜まりにトラックが突っ込んでしまったことがある。その時の雪かきを思い出さされる。 乾いた雪でも、大きなシャベルを使うと重い。雪をどかしてもどかしても、あっという間に埋めてしまう。 寒さと暑さの防御を同時におこなわなくてはならず、温度調整が上手く出来ない。コントロールが出来ないため、気分が悪くなってくる。 こんな時でも、ブライアンは大笑いする。"Hisaは弱いな!明日から筋肉トレーニングだ"と、彼は、三倍くらいの雪の量をシャベルで掘り出す。 吹き溜まりは甘く考えると命取りだ。小さい障害物でも、風下には、考えられない吹き溜まりができる。 それは障害物のため、風下では風が収まるからである。毎秒10メートル以上の風が吹き、さらに温度が下がると、1時間以内に3メートルくらいの吹き溜まりが出来る。こうなると車はすすまない。 チャーチルでは、瞬間最大風速50メートルくらいはしょっちゅうである。そのときに出来る吹き溜まりは、長さは、10〜20メートルになっている。こうなると道の雪を端へ移動させるグレーダーでは、間に合わない。ロータリー車で雪を飛ばすしかない。 チャーチルにはロータリー車は一台しかないので、ブライアンの犬の飼育場までは除雪をしてくれない。これはいつもブライアンの怒りの種だ。そんなときには、彼には近づかないほうがいい。 "あっ ジルだ!"真っ赤な小さなトラックで、ブッシュ刈の手伝いにやってきた。それは大きな吹き溜まりが出来ないようにするためだ。 厳しい気象条件の極北の下では、お互いに助けたり助けられたりだ。一人だけで生き残ることは難しい。それは都会人でも同じだ。一人だけで生きようとするから不安がつのる。 彼は、最近親しくなった。病院用の小型飛行機パイロットである。極北の空飛ぶ救急車と言ったほうが分かりやすい。その範囲は、ヌナブットの国(洲)からマニトバ州を少なくてもカバーする広さだ。フランス人だが冒険が好きでこの極北に愛妻と住み着いてしまった。この愛妻のマリアンもフランス人で十分ユニークだ。 フランスにいた時には、二人はとも、障害物馬術競技の選手だったと聞く。特に、マリアンはフランスのオリンピック強化選手だった。 "私達が極北にいるのはね、ここにはいつも冒険があるからよ"と、魅力的な笑顔で話す。天気がよいと、凍りついた空港までの道路を、ヘルメットを被ってローラ・ブレーダーですべる。そのときには愛犬のボーダーコリーといつも一緒だ。犬の運動とシロクマに出会った時に身を守ってもらうためである。彼女はチャーチルの病院で働いている。 ジルとなるともっとすごい。”ハイテク化した飛行機は嫌いなんだ。免許を習得してから、民間航空会社で働いたけど、面白くなかった。風が強いから規定違反、視界が悪いからだめ、全て規定だらけなんだ。それに比べて、ここでは規定は自分の腕で決めるのだ。病院の飛行機だから、患者がいれば飛ばなくてはならないんだよ。人間の命のほうが大事だからね"。自分お命はどうなのだと訊きたくなる。義務感とはいえ、冒険過ぎる。 彼の仕事をブライアンは尊敬している。この空飛ぶ救急車のパイロットは、どんな天候であろうが、着陸地がツンドラでも、氷の上でも、そして海でも降りる。彼らは40歳くらいだろう。この夫婦は、パリの街を歩いているほうが似合いそうに見える。 広い道路から犬の飼育場まで、高さ1〜1.5メートルになるブッシュ刈りをする。柳の仲間のブッシュは割り箸のように細い。低く見えても樹齢は何十年になる。凍っている期間が長いので成長が遅い。 そんなブッシュも、雪嵐になると吹き溜まりができる。今日の風は、北西だから道の北西側にあるのを刈らなければならない。 ブライアンはジルにも海を指差して言う。 傍らに銃を置いて、シロクマに注意を払いながらブッシュを刈る。細くてもなかなか硬い木で、おまけに弾力性がある。のこぎりでも斧でも歯が立たない。 ブラアンは、子供の頭くらいの石を二つ拾ってきて、枝を石の上に置き、もう一つの石でたたく。まるで石器時代だが、これが一番枝を切る早道だ。まだ人間が道具を作る前にも同じ作業をしていたのだろう。21世紀になっても、この方法がここでは最善だ。あるいは凍り付いている木の根元を掘り起こし、根ごと掘り起こすしかない。 ”ブライアン!!海から湯気が出ている!”・・・・・・・・・。
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(C)1997-2006,Hisa.