チャーチルの夏、命輝くところ

 

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『極北の知恵・技〜生きるための叡智
『極北の知恵・技〜野生の教え』

 極北の土地を愛し、ここチャーチルの野生に畏敬の念を抱いて生きている人たちがいる。陸上最大の肉食獣シロクマ、真っ白なベルーガ、何千キロ先から飛んできた渡り鳥。彼らの知恵と技の話でもある。そして心が奪われるようなオーロラも、ここでは日常生活の一部である。

チャーチルへ八年も通って、気がついたらそんな物語が、私のノートに書き込まれていた。極北の達人たちが私のそばにいた。気がつかなかった、彼等のこと。  伝えたい, みんなに・・・・・ そんな彼らのことを            

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極北の知恵・技〜生きるための叡智

 T.チャーチルの月に聴き、地球を読む

   (その一)嵐の兆し

空性と縁起とは・・・・・
仏教では、単に諸物が自立性を欠いているということではなく、一切が他に関わり生きていることを説く。

極北にいると森羅万象すべてがなんらかの法則に影響されていることが良く分かる。それは自分の命に関わっていると言う自覚でもある。畏敬の念と言うのだろうか。極北に住む動物を理解したかったら、そこに生きる人たちの受け継がれた知恵と技を学ばなければならない。
     *

午後四時、辺りはすでに薄暗くなっている。風も強くなり、そのうえ雪が降り始めていた。11月に入ると、氷の王国になる。

"ありがとう。撮影楽しんだよ。これで明日スペインへ帰れるよ"と、シロクマ撮影グループが去って行く。この数日間、撮影を続けていた彼らは、帰国を控えて嬉しいのだろう。ニコニコしている。彼らは、スペインの写真家らしい。

10分間もたたずに彼らは戻ってきた。それも後ろ向き運転で。

"オーイ!!この先の道は・・・、・・・・行くのか・・・・なのか?"と強いスペイン語なまりの英語で怒鳴っている。

強い風雪に話が途切れる。"車から出るな!!"と手で制する。風の強い日の車の乗り降りについて、ブライアンからきつく教えられていた。

"今、そちらへ行くから、待っていてくれ!"と、身振りで伝える。

辺りにシロクマの危険はないか、注意しながら窓を開ける。視界はゼロ、雪が横殴りにたたきつけてくる。車内へは、雪は猛烈な勢いでなだれ込んでくる。

ガラス窓を開けてから、注意深くドアーを開ける。ガラス窓を開けないとドアーごと風で飛ばされるからだ。吹雪に耐えながら、相手の車にたどり着く。

車のガラス窓を開けるには、もう一つ理由がある。レンタカーを借りると、"保険どうする?"と聞かれる。

"全てカバーしてください"とたのむと、"ドアーには、保険かけられない"と言う。風の強い極北ならでの保険制度だ。

スペインの撮影隊は、この先の2本の道で、右へ行くべきか左に行くべきか分からないと言う。強い風雪のせいで、道が良く見えないのだ。"道は、一本しかないはずだが。二本に見えるだけだよ"

"分かった、ありがとう。もう一度行ってみるよ"と言ってあっという間に車は、地吹雪の中にかき消される。

それから私も大変なことに遭遇する。その時点ではまだ気がついていなかった。

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その日の朝、青空も少しは見えたが、雲が出始めたころだった。

夏の間、見渡す限り黄色に染め上げていた花が、微風にゆれている。高さは、20センチぐらいしかない。

色こそ茶色だが、その揺れかたは、緑の絨毯に黄色な花を咲き誇っていた夏と何も変わらない。”ブルンブルンだ”

人間の世界では、花が萎むと枯れて死んだと言う。それは人間が決めたことで、この花の命はまだ続いているのかもしれない。色が違うだけなのだろう。

今の季節、なるべく踏まないように、そっとしておこう。踏んだら、"痛い!!人間には、死んだ草に見えるかもしれないけど、お色直しただけだ"と言われてしまうかもしれないから。

いつもなにかをして体を動かしている働き者のブライアンが、じっと立ち尽くして空を眺めている。怖いもの知らずのはずだのに、何かを恐れているのか。それとも野生を呼び起こそうと空に目をやっているのかもしれない。。

"Hisa!!空を見ろ。大きな濃い灰色の雲が北西から向かって来るだろう。地平線まで空一杯に"

その雲は、墨汁を空いっぱいにぶんまいたようだ。

永久凍土地帯では、何処を見てもほとんど平らで空っぽだ。その領域の先まで雲は覆っている。空っぽの大地のさきは天だから、天と地の領域までだ。

"そうだな。Hisaはいつも、シロクマの目玉ばかり撮影しているから、空一杯の鷲に気がつかないよな"

"Hisa!。あの雲の形は、鷲が今にも獲物に襲いかかろうとしている姿だよ。めったに見られないぞ"

ブライアンは、大きく胸いっぱいに空気を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。空いっぱいに羽根を広げた鷲への祈りだろうか。

抗しきれない大自然の力なのか、何か怖い。そして宙(そら)からのメッセイージを暗示しているようである。なにかの合図になるだろうか。

"Hisa!やってくる嵐は、最大風速80メートル以上かもしれないな。いつになるか時間は決められないが、早く帰ろう。いいな!"と、やさしいが、口調はいつもと違う。

今日は、太陽は大きな顔を出すことはなさそうだ。でもいつもと違うシロクマの写真が撮れそうな予感もする。


(つづく)

           (つぎへ) ()

 

                        

 

 

 
   
 

 

(C)1997-2006,Hisa.