チャーチルの夏、命輝くところ
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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った
(11)

(その十一)泳ぐオオカミ、そして・・・・・・・。

”いた!!ツンドラだ"。よく見ていたはずなのに、ツンドラに気がつかなかった。魔術師のように”ふっと”現れて”ふっと”と消える。

そのツンドラは、犬たちの間を、軽やかに、歩き回っている。時々、立ち止まってすらりとした足をそろえる。

ウエインのトラックを見て、最初はやや戸惑いを見せたが、慣れるのに時間はかからなかった。用心深いはずのオオカミなのに、2台のトラックが近づいても、安心しきっている。野生動物との間の壁が少し低くなったのだろうか。むしろ彼の興味は、犬にある。

”Hisa!!お前が話したとおりだな。やったね”と、トラックの中からウエインがウインクをしてくる。”どうだ。嘘じゃなかったろ!”と、少しばかりえらくなったような気になって笑顔で言い返す。彼の弁では、野生動物カメラマンのなかには、独立心が強く協調性にかけるか自分のライバルと思うと決して仲間に入れようとしないタイプに良く会うという。

オオカミの写真を一緒に取ろうと声をかけてかけてあげたのが、うれしかったのかもしれない。

数日前には、見られなかった真っ白な花が、絨毯を敷き詰めたように、あたり一面を埋め尽くしている。背の低いデイジーだ。

そのなかをツンドラは、身のも軽くひょいひょいとあるく。

ツンドラの毛がよく見える。ハイイロオオカミの背中は、濃い灰色に赤褐色をおび、長い上毛で覆われている。腹にかけて白茶色がかかった色になる。

白っぽい顔のほほだけが赤褐色だ。ほんおりと紅をつけたようでどこか艶っぽい。あとは白色といってもいいだろう。ツンドラをよく観察してみると、真っ白なオオカミがいたとしてもなんら不思議でない。

真っ黒いシェパード犬を思われるオオカミに遭遇したことがあるが、真っ白なオオカミもいるらしい。

濡れた上毛もピンと逆立っていて、寒い冬での凍りついたりはしないだろう。すっかり忘れていたが、パーカーのフードの縁取りには、オオカミの冬の毛皮が最高と聞く。極北でもほとんどのが、コヨーテの毛皮を使っている。安いからである。

足は細くて長い。ももの筋肉はたくましく、かなりの時間を20〜35キロでは走り続けられそうだ。獲物のカリブー、ムース、エルク、ウサギなどは、すべてオオカミより早く走れるから、簡単に捕食することは出来ない。オオカミはマラソンランナーであっても短距離ランナーではないのだ。それだけに、スタミナと戦略を駆使して、病気や怪我などで弱ったものを狙う。

 

スッカリ安心したのか、15メートル先まで近づいてきて、後ろ足で体を掻き始める。

咲き乱れるデイジー中からこちらを見ている。は緊張は見られない。言葉こそかけ交わさなくても、いつのまにか心は野生と交流している。

”こちたへ来てもいいぞ”と言いたげである。ウエインと目配りをしながら、トラックを少しずつツンドラに近づける。お互いに少しずつ。

 

 

そのうちに、われわれの目の前で寝てしまった。しかし耳だけは、ぴくぴくと動かしている。

仕事でも、”全て任せたから思う存分あなたの方法でしてくれ”と言いながら、片目だけは開けて成り行きを見ているのと同じだろう。ツンドラも寝ているようで、こちらの動きの半分は少なくても見ているようだ。

ウエインがトラックの音楽の音を大きくする。耳のいいオオカミは人工的音が嫌いで、とくに音楽が嫌いだと言われている。ツンドラは、耳をレーダーのように動かしただけだ。またまた大自然の深さに驚く。

これがオオカミの姿なら、人類のオオカミに対する尺度は、まだ推測の域だけかもしれない。本当の大自然の物語は、何が本当なのだろう。神秘的だ。

ツンドラは、氷や雪がとけてできた湖岸までやってきて、喉が渇いたのか、そのまま水の中に入ってしまった。すっかり見とれたままで、写真を撮るのを忘れていた。あわててカメラを取り出す。

ツンドラは、まるで草原を歩くように泳いだ。いつもはふっと消えるのに、泳ぎまで披露してくれる。そして、こちらを振り向いたかと思うと、果てしなく続く永久凍土の先へ消えた。

ここでは、動物が劣ったもの人間が勝っているものとなどといった言葉はない。彼らを支配しているなどの考えもない。過ごしたこの10日間に起こったことは、一瞬の出来事だった。極北の夏が一瞬のように短いのと同じように。しかしはっきりと自分の中に刻み込まれたものがあったことは事実だ。

それとも人間の遺伝子にはオオカミは埋め込まれているかもしれない。いつのまにか、そんな親しみをオオカミに感じる。

空っぽな永久凍土、不安を感じるようなむきだしの地球に、更新世から続く物語が横たわっていた。人間のもつ知恵が浅薄であることを知らされるに十分な体験だ。それとも人間が自分こそ神と同じであるかのごとく全能者と決め込んでいたのかもしれない。自分も含めて...。

 

 

これがツンドラに会った・・・・・・・・最後だった。 

(つづく〜12月19日頃、掲載予定)

”Hisa!Hisa!”と宿の主のレイモンが大声で庭から叫ぶ。

”Hisa!すぐ来い”と玄関口で...。

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