チャーチルの夏、命輝くところ
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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った
(10)

(その十)"ツンドラ"はホッキョクオオカミか?

犬に噛みつかれたツンドラは、何もなかったかのようにひょいひょいと隣の犬へと足を運ぶ。

緊張を感じたのは、これも自分の決めつけた常識のせいだろう。それは好意的に寄ってきたツンドラに、犬が”仲良くしよう”と同意を表した。ツンドラは”よろしくお願いします”と返礼をする。

月もない昼間なのに、ツンドラは、遠吠えを一鳴きする。それから”ふっと”消えてしまった。夕方まで粘ったが、この日はついに現れなかった。

   *

8日目、地元の友人ウエインを撮影にさそう。チャーチル生まれのウエインは一年中シロクマを追っているカメラマンだ。決して人付き合いは良いほうではなく、極北の一匹狼と言ったところだ。全て自分を守らなければならない荒野で、命がけで写真を撮る彼に、私は敬意を持っている。

彼のトラックには、雪や氷で動かなくなったときのために脱出用の特大シャベル、斧などぎっしりと用意されている。もちろん、銃、予備の弾丸やカメラの修理道具まで完備している。

トラックは、私の日本の部屋よりきれいに整理が行き届いている。

”ウエイン!世界ではシロクマよりオオカミの方が、ホームページでも数はも多い。一緒に写真を撮りに行こう!”ツンドラのことを話す。

早朝からオオカミが出ないかと、二人で待ち伏せをする。一人とは違って気は楽だ。ブライアンやウエインといると危険を感じない。11時頃になっても、ツンドラは現れない。

背の低い花が、風に揺れているだけだ。もうどこかへ移動してしまったのだろうか。

”Hisa! 気にするな、野生動物写真家と言うのはいつもこんなものさ。そこに面白い題材がいつもあるほうが不思議なんだよ。それにオオカミは縄張りが広いから、2〜3日戻ってこないかもしれないんだ。おれ慣れているから"と慰めてくれる。

何日待ってもまったく撮れないことだってある。だけどな、相手が現れるやフィルムを使ってしまう。その格差が面白い。

 *

”オオカミが現れないから、少し歩いてみよう!”と準備を始める。夏と言えども、シロクマの危険がないわけではない。いでたちは防寒用オーバーパンツを履かないだけで、真冬とあまり格差がない。海岸線まで行くと温度はぐっと下がるからだ。

手袋や寒さよけの帽子も欠かせない。東京ではとても信じられない。雨に濡れてもよい双眼鏡、氷点下70度でも凍りつかないポンピング・ショットガン、それに予備のクラッカー弾丸9発、そのうち何発かは実弾だ。

トラックから降りたところは、数キロ先まで色とりどりの花が群生している。日本では、”高山植物があるところには、踏み込まないで下さい”と看板が立てかけてある。ここでは、花を踏まなければどこへにも行けない。先週は、あたり一面を黄色の花が染めていたのに、今週はピンク色の花がツンドラを敷き詰めている。まるでスライドショウを見ているようだ。すこし白い花も混ざりだした。花の写真家にとっては、垂涎の的だろう。

風が、肌をやさしくなでる。”Hisa!唇を小さくして、思い切り冷たい空気を吸い込んでごらん”

”あれエー。大きく口をあくより、このほうが胸いっぱいに空気を送り込むことが出来たみたいだ!!”と言うと、ウエインは満足そうに笑う。

”知らなかったのか。胸の筋肉を使って息するのだ。胸いっぱいに空気を送った気がするだろう。俺、雪の中で動けなくなった時にはこうするのさ”と一人で荒野を生きる知恵を教えてくれる。なぜか極北の空気が特別に旨く感じる。

カリブーの主食である地衣類がどこを見てもある。靴底に感じるのは、柔らかなクッションのようで、やさしく支えてくれるようだ。永久凍土が作った厚いカーペット。その柔らかさは心まで優しくしてくれる。

オオカミはいなくても、ここでは退屈することはない。いつも何かに囲まれている。数え切れないほどの鳥のなき声が聞こえてくる。あたり一帯は、彼らの楽園だ。

暖かい地方からの旅人、カナダガンやハクガンがここへ来た頃は、まだ雪があたりを埋め尽くしていた。その鳥たちも何十万羽となり、それに家族も増えた。子育ての真っ最中である。中でも今年生まれたハクガンは親鳥と同じくらいまで成長し、羽の色が変わればもう区別はつかない。極北の夏は短い。あとは南への旅たちの準備だけだ。

”Hisa!!お前が見たオオカミは、正確にはなハドソニアン・ウルフ(Canis Lupus Hadosonicus)というんだよ。大きく分けると赤オオカミと灰色オオカミと言う分類するけど、食性や生息地で分けているのだよ。その亜種も25〜30種類に分かれる”。

”このへんのハイイロオオカミは、色もほとんど黒に近いのもあれば、白に近いのもある。かって世界中にいたオオカミは大量殺戮なんかで死滅してしまった。カナダやアラスカでは、オオカミはそんなに珍しい動物ではない。俺は、まだオオカミの写真とったことがないんだけど”と意外なことを言う。それほど野生のオオカミの写真を撮るのは難しいんだと、昨日撮影した写真がなにか誇らしく感じる。

”大昔ベーリング海峡を渡ってきたエスキモー(イヌイット)、チップワンインディアンそしてクリーインディアンたちの主食はカリブーだったんだ。カリブーを追って、何千年もハドソン湾の南から北西へ旅をして暮らしていたのだよ。それも1000キロ近くも追いかけていたんだから凄いよな。

その頃から使っている犬ぞりなんか、俺から見れば無駄のない代表的道具だよ。使いこなされて今日まで伝えられている道具はもう美しい芸術品としか言いようがないよ。ブライアンは犬ぞりも作るのを知っているだろう。もう一つカリブーを追っていたのがいた。Hisa!わかるか?”と顔を覗き込む。

”ヨーロッパから来た白人かなあ?・・”

”白人はずっと後のことなのだ。答えはオオカミなんだ。オオカミこそカリブー狩の名ハンターだ。昔、人間はオオカミの狩の上手さを指をくわえて見ていたんだろうな。弓とかの道具が出来るまでは、憧れだったと思うよ。オオカミの食べ残しや病気や死んだカリブーしか手に入れることは出来なかった。それで、オオカミの狩を真似たんだと思うよ。先住民はオオカミのことを悪く言わない。言うのは、ずっと後からカリブー狩に参加した白人なんだ。オオカミは憎むのは、狩の名人だったからさ。その妬み(ジェラシー)だと思うよ。先住民のほうも、カリブーをめぐって部族間の仲はよくなかった。ライバル同士だからな。

チャーチルでも真っ白なオオカミを見た人が何人もいるよ。もっと北から移動してきたのだと思う。彼らは生活環境に馴染みながら生きながらえてきたから亜種が多い。俺、時々思うんだけど、オオカミは一種類かもしれないよ”

”ウエイン、お前はチャーチル生まれだろう。子供の頃は何して遊んだ?”とたずねる。

”俺の子供の頃...。、チャーチルでは、クリーインディアン対チップワンインディアン、エスキモー対インディアンと子供同士の遊びといったら、いつものけんかばかりしていたよ。それに白人の子供が加担して、喧嘩することが遊びだったんだ。考えてみると乱暴な遊びだったけど、あまり怪我しなかったな。きっと大昔から喧嘩をし続けていたからだよ"

そう言えば、町の西はずれの丘の上にある記念碑には、長い間先住民同士が敵対関係にあったが、その仲直りした記念碑があった。子供たちがその名残を示し、喧嘩をしたのも無理がない。

チャーチルは、カリブーの通り道で、冬になると現れて、夏になるとハドソン湾の北西へ移動してしまう。いまのヌナブットの国へまで昔は追いかけていたのだ。だからチャーチルのことを知りたかったら、先住民の歴史を勉強するといいよ。そうそう毛皮とカナダは切り離せないぞ"

いつの間にか極北の達人によるチャーチルとオオカミの講義になっていた。

ウエインが急に早足で歩き始めた。永久凍土に歩きなれないものにとっては、追いついていくのには大変なことだ。最も置いてかれると、こちらは銃もないからシロクマの脅威意を感じる。

”いた!!!” (つづく)

 

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(C)1997-2006,Hisa.