しろくまが、歩く町、チャーチルの人達
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しろくま、ホッキョクグマとエスキモー犬

(その一)襲われたエスキモー犬

"あなたにとって孤独とは何ですか?”と、友人の心理カウンセラーに訊ねた。

"私の仕事はね。 患者さんの心と 共にいる存在なの。一緒にいることそれが役目なのよ。でも、一緒にいてあげられるわけではない。その時はつらいわ。力になれない自分が歯がゆいから・・・・・・。

そうね……患者さんから悩みを聞いて、自分が壁にぶつかってしまことがある。そのような時、心の奥にいるもう一人の自分を探しに行くことにしているの。なにか答えがあるのかとたずねるために。

もう一人の自分に会えたとき、その私が好きなのです。それがとっても孤独に感じることでも。

孤独なんて言葉を使うなんておかしいでしょ。カウンセラーの仕事していて。

とくに森の中など自然の中でたった1人でいると、自分の心の深閑とした部分に出会えるの。

大きな木の下もいいな。立ったまま動けないから、 孤独に見えるでしょ。でもね、私、木が羨ましいのです。木は、大地にしっかり根でつながっているから。凄いなと思うの。自分は、あっちの壁、こっちの壁にぶつかってばかりいるのに。木は動けないので、じっとしていると、いろいろなものがそばにやってくるの。きっと木が動いたらいろいろなものみえないよね。無理をしないんだな、周りがどのようであってもね。
そんな木を見ていると、奥深いところにいる自分を感じさせられるのです。

孤独でも 心が自然の中に解放されて広がる気がするの。
とても自由を感じるのです。それに浸れるのです。だから私、 孤独も又素晴らしいと思っているのですよ"
と、もう一人の自分の話をしてくれる。

  *
ハドソン湾は、白く見えるが凍っていない。まだシャーベット状だ。こんな不安定な状態ではシロクマは氷にのって、アザラシ狩りに行けない。お腹が減っても、じいーっと、氷が張るまで待つしかない。

いつもの時間、いつも変わらない景色、いつもの道順で、ブライアンと犬の飼育場へ行く。犬たちは遠くから”ウオ〜ン、ウオ〜ン”と大合唱をして迎える。

ブライアンは、犬に餌をやり終えると、手荒く犬を手でなぜまわす。彼流の犬達への愛情の表現なのだ。彼は、結婚したことはあるが、今は一人身を通している。今では、犬が唯一の家族だ。

普通は、30時間に一回餌を与えるが、この時期、肉が凍っているので、何度かに分けて与える。腹を減らしたシロクマに餌をとられないためでもある。

餌を食べる犬達を見ながら、ブライアンはのんびりタバコを吸う。目の前に、北極点まで繋がるハドソン湾が横たわっている。

海岸沿いの小高かくなっている場所に、石を積み上げた小さな塔(ケルン)が3つ立っている。お墓だろうか。

"ブライアン。あの塔の下に何があるの”。

”お墓に見えるか?まあ、そんなもんさ”、黙り込んだままさびそうにしてしている。何か悪いことを聞いてしまったのだろうか。人は、目だけは化粧できない。だから目を見て話しなさいと教育された。

犬も目を見ていると、違いがある。いつも何かを訴えている。 嬉しいときはそれなりに、怒った時も、悲しいときも。

ブライアンは、いつもよりゆっくりとした口調で話し始める。

"去年(1996年)、11月のことだよ。いつものように犬に餌をあげるために、朝ここに来たら8頭の俺の犬がシロクマに殺されてしまっていたのだ。昨日までは、元気に騒いでいたのに。それにな…・・ほかにも10頭近くの犬も怪我せられていたよ。俺、犬に何もしてやれなかったんだ。その犬達を弔うために作ったケルン『塔』さ"

そうだっったのか。彼にとって悲しい墓標だったのだ。大自然の厳しさに、暗澹たる気持ちになる。

ブライアンとは、いつも楽しい話題しかしない。彼の財産といったらおんぼろトラックと40頭のカナディアン・エスキモー犬だけである。もっともこの種の犬は、世界に350頭位しかいないというから大変なものだ。勿論日本には一頭もいない。

そのうちの40頭がチャーチルにいるのだから、ここはシロクマの首都でもあるが、カナディアン・エスキモー犬の首都でもある。

"怪我した犬はどうしたの?”

"年に一回、獣医がウイニペッグから巡回してくるだけさ。この町では、俺が獣医みたいなものなんだ。薬は人間の病院からもらってきたのさ。でも助けられないと思った犬は……・俺が処分するしかなかったんだ…"と目を伏せる。

”犬たちは泣かなかったよ。弱々しく俺の目を見ていたな〜”とブライアンは付け加える。

ここでは町から一歩出るときには、銃を必要とする。秋、シロクマが現れる時期、天気の良い日に町から出て散歩するのは気持ちがいい。でも散歩にもここでは、銃は必需品である。

処分したという言葉がずっしりと重く響く。ドキドキした。彼はどんな気持ちで銃の引き金を引いたことだろう。二人の間には、沈黙の時間が流れる。

この極北の達人の孤独はどんなものだっったんだろう。孤独に耐えるしかなかったのだろう。

(続く)

 

                           

 

 

 

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