しろくまが、歩く町、チャーチルの人達
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しろくま、ホッキョクグマが歩く町、チャーチルの人達
(その六) アイスエイジ(氷河期)の南端は、いきもの達の『ダイニング・テーブル』。

7月には、極北の町、チャーチルでも夏がくる。海岸線にある丘のように盛り上がった太古の岩の上から眺めると、ハドソン湾の水は果てしなく北極点まで続いている。ツンドラの氷が溶けて海に流れ込み、静かに波打つ光景が見られる。なぜかホットする。

冬には海も凍ってギシギシと唸っていた氷が、今は溶けて消えている。6月までは、氷山のような氷がたくさん見られたのに。様変わりする。短い夏の季節に、どこまでもツンドラは緑の草原となる。冬の間は、あんなに無彩色だったのに。

コケ、イネ科の草や背の低いヤナギの芽があざやかだ。厚い靴底にも、敷き詰められた緑のカーペットの感触が伝わってくる。極北特有の小さな花がさく。寒いときには、雀もふくら雀だったのに、いまは動きも早くスマートになっている。すっかり冬の寒さは遠のく。

先住民の子供達も、白人の子供達にとっても、夏は楽しい。昼間の一時には、ノースリーブのシャツを着ている娘もみられる。花摘みをしながらはしゃぐ声が、聞こえてくる。さわやかな風が、娘達の髪の毛一本・一本に送られる。

ときおり、吹く風の感触は、不思議なほど豊かな気持ちにさせてくれる。ここには、都会で感じる時間がない。世界からのニュースですら、考えても意味がないから自分には関わりを感じさせない。自分だけの場所にして誰にも知らせたくない。波や草が風になびくのに、リズムを合わせて行けばいい。

8月になれば、もう雪の日もあることすら、忘れて・・・・。

   

7月ともなると、冬とは大違いがある。小高い岩の上からあたりを眺めるていると、耳には賑やかで刺激的な鳴き声が聞こえる。まるで、運動会のとき、子供達があげる歓声のようだ。ハクガン、カナダガンやカモが鳴き交わす声が聞こえる。まばらな林の間からは、巨大な雪フクロウやオオカミが覗く。

何十万羽もの鳥達は、子育ての真っ盛りだ。その種類も多い。青々とした草原の中をカナダガン、ハクガンなどひなを連れて歩く練習をしている。秋になる前の飛行訓練も、8月になれば始まるだろう。

ホッキョクギツネは、鳥の卵、ひなをねらっている。空には、ハクトウワシ、ノリス、ハイイロチュウヒが孤独な狩人ぶりを発揮している。草食動物にも肉食動物にとっても、夏のチャーチルは、大きなダイニング・テーブルみたいだ。

   *

チャーチルでは、冬こそ−40℃以下となるが、夏にはここでは30℃近くにもあがる。夏は期間は短いと言え、生き物にとっては快適な季節となる。

2万年前のアイスエイジ(最終氷河期)、空高くから見れば、北アメリカ大陸の北半分は、厚い氷河で埋め尽くされていただろう。カナダと米国をまたぐ巨大な5大湖は、その名残である。

1万5−8千年前になると、その氷はゆっくりと溶け始めた。地球温暖化が始まり、アイスエイジ(最終氷河期)が終わりを告げたのだ。しかし、氷が溶けたため海の水温は冷たいままであった。陸、海そして空気との温度差が大きく、霧が辺りを覆い、絶え間なく海風が吹き荒れていただろう。

現代のチャーチルでも、10月終わりから11月になるとになると、北極から冷たい風がハドソン湾を渡ってくる。夏の間に温められた陸との温度差で天候は荒れる。時には、風は時速100メートルにもなる。その時は、写真撮影が出来ず苦い思いをする。そんな天候は、毎年何度も繰り返す。

氷河が消えた後は、砂や堆積物だけだったろう。そして冷たい強風が吹いていただけだったところにも、やがて風が種子を運び、ツンドラ地帯には植物の芽を生やす。最初は、苔やシダのような仲間しかはえない。その後、より高度な植物も生えてくる。こんな不毛の土地にも、神が微笑んでいたのかもしれない。

小さな石や骨で作った槍や斧で狩りができ、家族を飢えから守れるほど多くの肉を確保できる大型草食動物が住める環境はあったのだろうか?冷酷な気候のため、どうして生きていたのだろうか?

シベリアやカナダ北部は、寒さは厳しく、不毛の地のように感じる。

ましてや、1万年前を覗いてみれば、その寒さは冷酷であったに違いない。それは、人類にとっても、ほかの生き物にとってもである。

だから、いきものはみな、暖かさを求めて移動しなければならない。氷河の後退につれて、暖かい地帯に住んでいたいきものも、ゆっくりと北進した。夏になれば、何度も繰り返し行われていくうちに寒い地域で生きながらえる術を身につけて、やがて寒さを味方にしていった。

1万年以上前、温暖化が始まった頃、氷河の南端は、チャーチルよりずっと南であった。、今のチャーチルと同じ景色であっただろう。動物が食べることはないだろうが、岩や大きな石には、オレンジや緑色した色鮮やかな地衣の種類であるLickenも見られたに違いない。

     (不毛の土地にも、鮮やかな微笑みをかけるLicken)

夏になると、カリブーの主食であるカリブー・コケ(苔)、地衣類、カヤツリクサの仲間、イネ科やスゲ科の草などが草原を覆う。背の低いヤナギの仲間、ブルーベリーなども、ツンドラを形成していく。草木は寒さに強く、植物の葉の密度は高く、寒さには万全である。低い木であっても、葉の数や実は、びっしりとついて、まるで絨毯のように。

さらに南に行けば、ツンドラのなかに、トウヒのような低い林がみられる。灌木が混じる雑木林である。やがて森になる。森の中は、腐った倒木などで、大型動物が通ることは出来なくなる。気候が厳しくても、大型動物は大量な食べ物がある北へ移動せざるをえない。

以前、カナダの東端にあるニューファンドランドへ、ムース(ヘラジカ)の写真を撮りに行ったことがある。1トンもある大型動物であるムースも、森の中ではなく、周辺の水辺に住んでいる。そこには、大量な水草や草が生えているからである。熱帯地方の大型動物が、草原に住んでいるのと同じだ。

大型動物にとっては、冬は厳しい。が、夏には絨毯を敷き詰めたように大量な草や実が生えている。そんな北にあるチャーチルのようなところは、『ダイニング・テーブル』のように快適である。


(続く)

 

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