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しろくま、ホッキョクグマが歩く町、チャーチルの人達
(その一) −”私、カナダのネイティブよ”−

11月のはじめになると、チャーチルにも、氷の王国の気配が漂ってくる。秋深くなり茶色だった背の低い草木やコケ類も、今はもう雪や氷に覆われてくる。昼間の時間が日に日に短くなり、長い夜が支配するようになると、寒さが一段と厳しく感じられる。あっという間に過ぎ去った秋は、すでに記憶の遠くへ消えてしまった。もう二度と草木の緑や土の色を見ることは出来ないような不安が高まる。すくなくても極北の春、翌年の7月まで、氷の王国の重い扉は開くことはない。出来ることは、ただじっと春がくるのを待つしかない・・・・できれば、笑顔だけは忘れないようにしよう。

朝8時過ぎだと言うのに、宿の窓の外はまだ暗い。曇りや雪の日は、一日中暗いままだ。薄暗い中、子供達を迎えに黄色のスクールバスが、小さな極北の町を走り回る。この町は小さくても、寒さが厳しいため、子供達はバスで学校へ向かう。バスに乗るのは、寒さだけでない、シロクマの危険から子供達を守るためでもある。もっと温度が下がると、年何回かは、寒さで危険のため学校が閉校になる。そして、バスも動かなくなる。薄暗い中、バスに乗り込もうとする子供達は、たくさん着込んだためその姿は、まるでふくら雀のようだ。

コーヒー、フレンチトースト、ジュース、それに2切れの焼きベーコンがついた卵焼き、それにサラダがつく。これが今日の朝食だ。朝、迎えに来るガイドのブライアンに会うまでにはまだ時間がある。家の中にいると、シロクマの危険も外の寒さも感じることのない、ゆっくりとコーヒーの香りを楽しむことが出来る静かなひと時だ。

"Hisa!おなか一杯?"と宿の女将のアンが言う。"もうおなかは一杯だよ。ありがとう"と感謝の言葉を忘れない。日本では、運動不足気味になるが、ここチャーチルでは、重いカメラ機材を背負って歩くし、トラックに乗ったり降りたりするので、その心配はいらない。いくら食べても大丈夫。それに寒いから、体力は消耗しやすいから、むしろ食べなくてはいけない。何と健康的なのだろう、私にとっては最適な環境だ。

"チャーチルには、イヌイット、Inuitは住んでるの?あんまり見ないけど。見かけるのは、他のネイティブ(Native)ばかりだね"と、朝食の後片付けをしているアンに尋ねる。アンは、子供達を学校へ送り出すと、しばらく余裕があるのか、おしゃべり相手になってくれる。それに一つ質問すると、30分くらい話が続く。こちらが急いでいる時は、困るが、なんせ、ここでは先生だ。

アンは、お喋りをしながらも決して手を休めない。ご主人のレイモンド、二人の子供達の世話、三部屋ながらのB&Bの経営、そして10時から5時までは、エスキモー博物館のガイドもしている。 働き者だ。

"病院へ行ってごらん。エスキモーにたくさん会えるわよ。でもね。チャーチルに住んでいる人は、二家族かな"と意外な返事である。ここへ来るまでは、チャーチルは、シロクマとイヌイットだけの町かと思っていた。
病院へ行けばイヌイットに会えるのは、カナダ西北の北極圏に住んでいるイヌイットのため病院があるからだ。勿論他の人たちも利用できる。お産となると、家族と一緒に、チャーチルの病院へやって来る。お見舞いや病院へ来る患者や家族のために、町には彼ら専用のアパートもある。大きな手術ともなれば、飛行機でウイニペッグまで行かなくてはならない。歯の患者も矯正などは、ここの町の病院ではできない。施設の整った大きな町に比べれば、やはりチャーチルは遠く離れた地球の天辺にある町だ。


"Hisa.私もネイティブよ。"
"えっ!!アンの両親は、英国から来たのではないの?どういう意味?"

"Hisa. 私もブライアンも、私の主人だって、ネイティブよ。子供達もよ。カナダ生まれですもん"
"ネイティブとは、そういうことなのか。じゃあ、もっと昔から住んでいるインディアンやイヌイットは?"と、また新しい世界の話が始まる。

学ぶと言うことは、答え探しではない。次の問い探しなのかも知れない。どんな関わりがあるかという旅かも知れない。止まることがない。今日も忙しく新鮮な一日になりそうだ。

"ファースト・ネイションズ、First Nationsか、それともアボリジニ、Aboriginalというのよ"。日本人のように単一民族の世界から来ると、すべてが珍しい。気の遠くなるような昔、1-2万年前に日本人と同じアジアのモンゴロイド系の人達が、アジアから渡ってきた。今の私には、あまりにも遠い世界の人たちのように思えた。

"ここではね、先住民の人達を、クリー、デニ−やイヌイットとか呼んでいるんだけどね。北方インディアン、南方インディアンそしてエスキモーと呼ぶ人もいるのよ"と、エスキモー博物館でガイドしているアンは、滑らかな調子でしゃべる。

"えっ!待ってよ、アメリカのガイドブックにはエスキモーと呼ぶのは差別用語と書いてあるけど…・・チャーチルでは、エスキモーという言葉に良く出会うんだけど" と、日頃からの疑問を尋ねる。

"Hisa、ここでは、アメリカは外国よ。ここはカナダなの。誰も気にしないわ。だってエスキモ−犬にエスキモー博物館よ。彼らも自分達のことそう呼んでいるもん。私は、Aboriginal(土着の人)が適当と思うんだけどね。政府関係の書類ではファースト・ネイションズFirst Nationsと書かれてある"

アンとの会話に、ご主人のレイモンドが加わると、話はややこしいことになる。彼はフランス系カナダ人で、英語の読み書きは問題ないが、喋るのはフランス語のほうが好きだ。私への説明は、英語だが、興に乗ってくるとフランス訛り英語になってしまう。子供達をしかる時は、フランス語だ。アンと興奮して話すときもフランス語になる。アンはフランス語を理解しているものの、こんな時は英語でしゃべる。英語で話した方が、意志を伝えることがやりやすい。地球の天辺近くの町、チャーチルもまた、"人種のモザイク”なのだ。民族が入り乱れている。
(続く)



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