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犬ぞりで、ハドソン湾を走る(その四)

犬は力持ち。引っ張るな!座れ!こっちへ来い!大汗をかく・・。

昨夜、夕日を見ながら"明日は上天気になるぞ"と力強く言ったブライアンの言葉が思 い出される。天気予報に関しては、地元の測候所は、予報官が気の毒なほど当たらない。多分、ほかの仕事も兼任しているのかも知れない。明日は晴れとの予報があれば 、写真を撮るのに良い光があると、自分の都合良く考える。

しかし予報は当たらないから、ほとんどは気休めである。その点、一年365日、犬の世話をするために外へ出かけるブライアンの天気予報ははずれたことがない。天気を予想出来ることは、過 酷な極北で生きるためには必要条件なのだろう。

真っ白に凍ったハドソン湾を左に見ながら、半時間ほど車で走ると、いつもの犬を飼っている場所に着く。勿論、どこを見ても白いだけで、あとは空っぽの世界。 "Hisa!犬ぞりは、9頭で訓練しよう""えっ"と言うまもなく、次の指示が飛ん でくる。"犬を鎖から放して、短いロープで繋いで、そりまでつれてきてくれ。そうだ、最初はそのリーダ犬だ。次に隣の白い犬だ"と楽しそうに言い、置きっぱなしに なっていたそりを指さす。ブライアンは、いつになく楽しそうな笑顔をしている。こんな笑顔は、いつも何かを企んでいる時で、くせ者だ。

リーダー犬は、毛は黒くて眼光は鋭く野生そのものだ。なんとかリーダー犬をそりまで、曳いてくる。既にブライアンは、そりの座るところに二枚のカリブーの毛皮を敷き終わっている。敷いてない 毛皮は、寒さよけのための膝掛けになる。そりの長さは5メートル、幅は1メートル位ある。カナダ極北やグリーンランドではよく使うスタイルである。ランナー(氷と 接する面)は、堅い化学製品が打ち付けてあるが、あとは木製である。ランナーの高さは20センチくらい有り、その上に板が張ってあり、座る床となっている。張って ある板は、幅5センチくらいは木の板を20枚位、横にわたして、荷物や人を乗せる。ランナーに穴をあけて、横板と紐で縛ってある。

釘など金属部分はほとんど見あたらない。だから作るのには特殊な道具は必要ないし、修理も簡単だ。昔は、紐にカリブーの腱を使ったようだが、今はナイロンの太い糸を使う。ちょうど木琴の上に座る ようだ。そのため、多少氷がでこぼこでも、そりは柔らかく衝撃を吸収する。そりも壊れないが、乗っている人間も快適である。元船員であったブライアンは、船の甲板 用の板を使っており、10年は持つと言う。

リーダー犬をそりの先頭までつれてくると、"Hisa!出来るじゃないか、次!"と 言う。"問題ないぞ!任せてくれ!"と、いい気分になったが、止めとけばいいのに、もう一頭をつれてくることにする。やや大きめの白い犬に近づくと、ほかの犬たちも 構って欲しいのか一心に、彼ら特有のコーラスを始める。オオカミが月に向かって遠吠えをするように、"ウオーン"と、それはまさに野生の血が呼ぶように。一匹が"ウ オーン"と叫ぶと残りの60頭くらいが次から次へと"ウオーン"とやや悲しげな声で 大合唱を始める。

そりまでの距離は、50メートルくらいだが、嬉しいのか雄の白い犬は、もの凄い力で引き綱を引っ張る。まるでそりを既に引いているつもりなのかも しれない。それは、強い水圧で抑えが効かなくなり、左右に暴れ回る水道ホースのように振り回されてしまう。しまいには、力一杯犬を引く腕が痛くなり、ブルブルと震 え出す。天気はよいのに、温度は氷点下15度はある。しかし厚い羽毛のパーカーの下は、汗でびしょ濡れだ。犬を引くのに比べれば、ブリザードの時歩くほうが楽だ。

引いている犬が、ほかの鎖に繋がれている犬に近づくと、混乱は最高潮になる。犬たちは唸り、歯をむき出し、噛みつくは、もの凄い乱闘が始まってしまう。犬同士で喧 嘩をすると制止するために、重いカナダ製のスノーブーツでけっ飛ばしたり、怒鳴ったりするが力の強い犬とは戦えない。犬に引っ張られて氷の上で滑って、ひっくり返 るし、犬は言うことを聞かない。ブライアンは、腹をかけて"ゲラゲラ"笑っているだけで助けてくれない。犬同士は、乱闘、こちらは犬と引っ張り合いになる。ゲラゲラ笑っているブライアンに向かって、"くせ者ブライアンめ!"と怒鳴りたいと いうより、泣きたい気持ちになる。まあ考えてみれば、こちらがひ弱いと言うことなのだろう。

手こずりながらも犬ぞり用のハーネスに犬を繋いだが、元気者の犬達が暴走したらどういうことになるのだろう。これは、ペットではない、そり犬なのだ。いつもは犬を 一頭ずつ鎖に繋いである。その距離は、犬同士で喧嘩が出来ないように離してある。一定間隔で鎖に繋いでいる。犬同士は、近づけると、大乱闘を起こすが、楽しんでい るのか、闘っているのかさっぱり理解できない。こうなると大きな靴で蹴飛ばさない限り収まることはない。

しかし不思議なことに犬たちは、人間に対しては、極めて友好的で、かむこともないし、むしろさわって貰いたくていつも大騒ぎを起こす。

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(C)1997-2006,Hisa.