チャーチルの夏、命輝くところ

 

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シロクマの涙

 


 

地球温暖化〜シロクマの母子

(その三)シロクマは、陸上最大の肉食獣!

最初に発表された論文が一人歩きして、世界を駆け巡ることがよくある。ここで注意をしなければならないのは、特定地域のことでしかないのに、一般化されてしまうおそれがある。本に書いてあることと違うのは、そのためである。

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何度チャーチルへ来ても、不思議に出会う。チャーチルが特殊かどうか、とにかくカメラに収めておこう。森羅万象、計り知れない不思議が詰まっているに違いない。

村では、誰かが困っていると助けるのが決まりだ。たとえ仲が悪くても一歩外へ出ると話は別だ。極北で生き残るためには、助け合わないと、直ぐ死へと結びついてしまうからだ。

たとえ急いでいる時でも、路上に車が止まっているのを見かければ、声をかける。前に、キツネを見ているだけだったのに”大丈夫か”と通りすがりの運転手が声をかけてきたことがある。いつの間にか、困っている人がいたりすると、こちらも声をかけるのが当たり前になった。

ここでは、家を直すにしろ、発注後、部品が到着するのには数ヶ月かかるのは当たり前である。船で運ぶものだと、氷が溶ける7月まで待たなくてはならない。誰かが持っていたら借りるしかない。

レストランで一人で食事をしている時も同じだ、”おい!寂しくないか?俺のテーブルへ来いよ。一緒に食べよう”と、すぐ親しく呼びかけてくる。

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”ブライアン!歩いている人がいるぞ!ほっといていて大丈夫か”。村から15キロの場所で、立ち止まっている三人の男の黒い影が見える。

岩陰から、シロクマが現われたらどうするつもりなのだろう。

”Hisa! 俺も見ているよ。あれは野生生物保護官だ!銃を持っているだろう。昨日も見かけたよ”と、ブライアンはいつの間にか彼らの行動を観察していた。

この辺りは、シロクマとのボーダーラインだ。風向きによっては、村のゴミ捨て場の匂いが流れて来る。この数日間、このあたりには一頭のシロクマがうろついていた、車で走っていても見える距離だった。

カナダ環境省によると、成長した雄グマは、240〜260センチ、500〜600キロ。それもこのサイズになるには8〜10年はかかると言う。雌の場合は、雄の半分くらいの大きさで5〜6年かかる。体重も大きくても2〜300キロである。

ここチャーチルでは、もう少し大きなシロクマにも出会う。チャーチルのすこし南では700キロを越したシロクマの記録(Parks Canada)がある。勿論のことだが、全ての体重を計ったわけではない。世界最大のシロクマは1000キロを超えると本には書いてあった。

”ブライアン!どうやって1000キロとわかるのだ?”

"その人に直接聞くしかないよな。計るのはとても難しいぞ、ここは動物園とは違う"と言う。

”Hisa! いいか、ほとんどは推定値だよ。中には、毛皮だけからも推定することもある。仮説を立てると言うのかな”。

全ての数値を疑うのは間違いだが、チャーチルだけでなく、極北のような特殊な所でで過ごしていると、シロクマの体重を計るのは至難の技である事が分る。

体重となると、"大きな体重計で計ればいいではないか?体重計のあるところまで車で運ぶとか、ヘリコプターで吊り上げるとかする。持ち運びの出来る秤で計れば?”と聞こえてくる。

シロクマの年や体重を聞かれると、ブライアンはいつもそれなりに答える。彼の推測値は、居合わせる野生生物保護官達も真剣に聞く。

  

子グマなどなら、三脚のような秤で計っていたのを写真で見たことがあるが、大人のクマでは無理がある。

”500キロ〜1000キロもの体重を計れる機材となれば、とてもじゃないが持ち運べない。ヘリコプターで吊り上げて計るとなると、費用も馬鹿にならない”と、野生生物保護官(Natural Resource Officer、Churchill)のシッドはいつも嘆く。そして”予算がないよ”である。途方もなく広い所でなにをするにしても時間と費用がかかる。時には、撮影隊等の協力でヘリコプターをチャーターして、捕獲されたシロクマを刑務所から運ぶのも実情だ。

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最近のように、ハドソン湾の氷が張っている期間が短くなると、それだけ腹を減らしたシロクマが多く村に近づいてくる。湖沼の氷は早くはるので、シロクマがその上を歩いて村がある海岸へ来る。この時期、村人は寒いので歩くことは少ないが、観光客は別である。観光バスにでも乗らなければ、レストラン、ホテル、お土産屋へ行くにも歩くしかない。見通しの悪い夜ともなれば、村の中でも危険だ。

村に近づきすぎ、追い払っても何度も来るため、保護官が麻酔銃を撃って300キロのシロクマを捕獲したのに居合わせた。いくら麻酔銃と分っていても、生き物を銃で撃つのは、異様な緊張を感じる。

チャーチルでも、車を運転していけるところは限られている。冬は雪と氷、夏には氷が溶けて沼地化してしまう。それに野生生物保護官といえ、なんでもシロクマを捕まえることはしない。撃ち殺すのも、年間でも数頭の問題クマだけだと言う。

三人の保護官は、しばらくそのシロクマを観察していたが一人が20メートルくらいまで近づく。片ひざを突いて、銃でゆっくりと狙いを定め、撃つ”パ〜ン”。乾いた音で、音だけがでるクラッカー弾とは違う。麻酔弾を使った。

命中した瞬間だけ、シロクマは”ビック!”と驚いて走った。保護官は十分にシロクマのいる位置を観察していたが、海に向かったら救いようがない。いくら泳ぎが得意といえ、海に落ちたら溺れ死ぬ。

zシロクマはすぐにゆっくりと歩き始め、5分も経たない内に麻酔が効いたのかヨタヨタとしだす。大きな酔っ払いが出来てしまったようだ。

横になり動かないのを確認して、一人の保護官は銃を構え、もう一人が安全のため銃の先でつついて様子を見る。すっかりおやすみのようだ。

”お〜い!近くに行って写真をとってもいいか?”と顔なじみの保護官に声をかける。めったにないチャンスだ。

手招をしている。”やった!”と大きな靴を引きずりながら眠っているシロクマに近づく。すでに、彼らは大きな注射器のような麻酔弾をペンチで抜き取っていた。一人は、クマの口を開いて、歯茎に入れた刺青をチェックしている。前にいつ捕獲されたものかを調べているのだ。そして、耳に新たな白いタッグをはめる。

そして巻尺でサイズを計り、事務所に戻って体重などを計算すると言う。このシロクマは、以前捕獲された事があるようで、耳に白いタッグもついていた。

そっとシロクマの背中に触ってみる。思ったより柔らかな毛並み、まるで風呂上りのように毛は純白だ。白無垢の花嫁さんのようだ。

毛の中に指を突っ込む,”温かだ"。冷たい表面と違って温もりが伝わる。鼻にも触ってみる、”冷たい”。麻酔ですっかり眠り込んでいるが、目は半開きだ。そっと歯茎が触れるまで、手を口にいれる。少し荒い吐く息が手を温めてくれる。生きている野性に触れているのだ。

大都会にすっかり埋没して、忘れてしまった野性を思い出している。都会から来た旅人には、この上もない贅沢を味わっている思いもする。冷たいが吸い込む息までが贅沢に感じる。

1990年代までは、背中にペンキで大きく数字が書いてあったが、最近では見かけなくなった。写真家にとっては、大きな数字入りのシロクマの写真では、洒落にもならなかった。

”Hisa!シロクマをトラックまで運ぶから、手を貸してくれないか”、答えは”勿論さ!"である。こんな機会は滅多にない。

3センチもある厚いベニヤ板の上にまだ麻酔の効いたシロクマを載せ、6人がかりで運ぶが重い。大汗をかくこととなった。あとは目が覚めないうちに、空港の近くにあるシロクマ刑務所までトラックで運んで行くだけだ。

保護官は、タバコを一服すって、トラックで遠のいて行った。

”ブラアン!これはめったにない経験になったよ"

”おー!あまり見たことないぞ!お前はもうチャーチリアンだ!"と、ブライアンと同じこの土地生まれ育った人といいながらウインクをしてくれる。日本で言ったら”お前はもう江戸っこだよ"といわれたようなものだ。

チャーチルの保護官のシッドの言うには、2003年176頭、2004年には103頭もシロクマを捕獲したと言う。麻酔銃で撃ったり、大きなドラム缶のような捕獲機、時には、丈夫な針金製の輪にクマの足が入ると締まって抜けなくなるのも使っている。

"2003年の176頭捕獲したうち、75頭が母子のシロクマだったよ。特別な年と言え、母子が腹が空いていたためか村に近づいたのだよ"シッド保護官は言う。米国では、レンジャーと彼らを呼ぶが、カナダではNatural Resource officerだ。

村の周りには、捕獲のため大きなワナが仕掛けられている。そのワナをも突破して、村にくるのがいる。この時期には、昼夜を問わず、銃声の音は聞こえる。シロクマが発見されたのだ。

以前、ハドソン湾の氷が張るまでチャーチルに残っていたことがある。前の日まで、飢えたシロクマの危険を感じ緊張が続いていた。結氷した翌朝、危険は去った。

11月15日2005年なのに、ハドソン湾はまだ凍っていない。まだシロクマは凍りに乗って、アザラシ狩には行けない。例年なら10月の終わりには、湾は氷で真っ白になるのに。何か変だ。シロクマが明日の地球を語っているみたいだ。

明日は、シロクマの足跡の写真を撮りに行こう。(続く)

 



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(C)1997-2001,Hisa.