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9.11 もう一つのニューヨーク・テロ〜チャーチルの衝撃 |
人は誰でも、より「良い人生」を送りたいと思う。それに限られた命だから、もう一人の自分を見つけたい。時間や数字が人の心より大切にされる時代だから。
野生が広がるままに埋め尽くしていた頃、人は自由に行き来し様々な生き物に出会えただろう。いきものの命にいつも圧倒されていたに違いない。 チャーチルは、寺の伽藍に身を置いて、心を空にしたように野生の広がりに神々さえ感じる。そしてここでは、自然の叡智や野生の知恵を思い起こさせてくれる。人間の持っている野生の記憶を。 (その一)チャーチル村はフロンティア、そして陸の孤島に。 チャーチル川がハドソン湾に水を注ぎ込む地帯は、砂州になっている。荒海に突き出している砂洲にチャーチルはある。ここにたたずむと、この村の危うさを感じるとれる。大波が打ち寄せてくれば消えてなくなってしまいそうだ。温暖化が進めば水位が上がり、村は海深く押しやられるだろう。さらに永久凍土が溶けて線路は不安定になり、汽車はストップしてしまう。 「野生」と「人間の手の付いた土地」とのモザイクであるチャーチルは、地球温暖化の最前線となる。ラ−スト・フロンティアだ。いつでも野生に戻ってしまう。 9月11日(2002年)、朝8時に、日本からのメールをチェックする。毎朝の仕事だ。メールには、”ニューヨークが大変だ”とあった。ニューヨークとの時差は一時間遅れであるから、現地では、仕事も始まった9時頃だろう。 宿の主のレイモンに頼みテレビを見せてもらう。1チャンネルしかないテレビの画像には、巨大なビルに飛行機が突き刺さり、黒煙を上げているではないか。 この極北では、どんなニュースでも遠い出来事でしかない。だがこのニュースばかりは違った。レイモンは”わっ〜”と大声を上げる。興奮したレイモンはフランス語と英語がまぜこぜの会話になる。 テレビに釘づけになってマグカップのコーヒーは、少しも減っていない。ゴジラ襲来の映画みたいだ。一年前、最上階のレストランで夕食をしていた。それが燃えている。別の旅客機が旋回を始めて、別のビルに突っ込んだ。あっという間の出来事だ。同じ大事件が同時に起こるということがありうるのだろうか。 激突の映像は、現実の事としては信じられない。誰が見ても、とんでもない映画の1シーンかと思うに違いない。 朝食のことはすっかり忘れていた。その時、二棟のビルが崩壊していった。崩れる光景は、神仏に救いを求めざるを得ない気持ちになるのには時間がかからない。 昼ごろ、レイモンが勤めているカナダ公園局から電話が来る。”知っているか?航空機がニューファンドランドに緊急着陸を求めてきたが、空港がいっぱいになってもう着陸できないそうだ。チャーチル空港にも着陸許可を求めてきた"と夢の中の物語のような話だ。”こんな辺ぴな所に大型航空機がくるわけない。それに滑走路が短くて降りられないよ”とレイモンが言う。 その時は、どのようなわけでそんな話が出てきたのか理解できなかった。そのうちに、ウイニペッグ空港の上空で、大小30機くらいの航空機が旋回して着陸許可を求めているが、もう空港にはたくさんの航空機が降りて着陸できないとの話だ。 あわてて航空券をみる。15日が帰国だからまだ日がある。いずれにしても、地球の天辺に置いてかれてしまった。人口が800人位が住んでいるから、忘れ去られることもないだろう。チャーチル港には、欧州へ行く貨物船も停泊してるから何とかなるだろう。たとえ錆び付いた船であろうが。 海とツンドラしかないチャーチルでは、ことの次第が良く飲み込めない。宇宙人が地球を攻めてきたと言ってくれたほうが分かりやすい。 行きつけのカフェで、状況が少しずつ分かりかけてきた。北米大陸で飛行する航空機は全て攻撃すると言う発表だ。ヘリも病院の飛行機もだ。 極北の村では、水を除けば自給できるものはない。生活物資全てを外に頼っている。 病人が出たらどうするのだ。チャーチルの病院では、大きな手術は出来ない。歯医者ですら常勤していないから、歯痛の時には500キロ先の村まで、一晩掛りで汽車に乗って行かなければならない。産気づいた人も、お産がすんだ人も彼らの村までは動けない。この極北の地では大変だ。 ヘリが飛ばなければ、村を狙っているシロクマを誰が撃退する・・・・無防備だ。シロクマをけん制するための銃を発射する音がやけに響いてくる。 (つづく)
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