チャーチルの夏、命輝くところ
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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ                極北では尺度が違う

(その二)手荒い鳥たちの歓迎

7月、空の色は真っ青。昼間なのに温度は15℃。
この時期、チャーチルには、観光客は少ない。空港でも、乗客も少ないため静かなものだ。シロクマ・シーズンの秋には、飛行機の座席の予約すら難しいのに。今は、機内はガラすきである。

町を歩くと、乗る人もいないシロクマ見物用の観光バスもほこりを被って、置かれている。というより、町中、空っぽである。たまに地元の交通手段である屋根のない小さなバギー車(3ないし4輪車)やトラックが見られるだけで、あとは静まりかえっている。

スーパーマーケットでは、客は一人だけ、レジでのんびりと世間話をしている。おしゃべりは、いつ終わるかわからない。誰も気にしない。今のチャーチルでは、時計とは無縁で、おかげで心が休まるのが不思議だ。

このころは白夜に近く、日が暮れるのが夜中の12時頃、そして2時半頃には薄明るくなる。長い昼間だけだと、睡眠不足になってしまう。

冬期、滑り止めのために撒いた採石が、いまはほこりをあげている。

例年だとこの時期は、ハドソン湾に流氷が浮かんでいるはずだが、地球温暖化なのか今年はひとかけらの氷も見あたらない。その代わりに、極北の花が、短い夏を一生懸命楽しんでいるように一斉に咲きだす。背丈こそ10−30センチくらいだが、赤、桃色、白や黄色と、一面のお花畑となる。日本では見られない花ばかりだ。

夏の風物詩でもある真っ白なベルーガ(白鯨)がハドソン湾からチャーチル川に向かって泳いでくるのが見える。大きさはイルカの2倍くらいもある。あちらこちらに息継ぎの音も”プッシュー”と聞こえる。ベルーガは、ときおり白く潮を吹きあげるため音をだすのだ。真っ白な姿が、何千頭もチャーチル川を上って行く。ハドソン湾でもその白い背中をよく見る。

氷が溶ければ、アザラシ狩りに行けないから、シロクマは南の森林地帯へ戻る。シーズンには、町のあちらこちらみかけた"警告!シロクマに注意!歩くな危険"の看板もすっかり取り払われている。歩いていても、シロクマの恐怖を背中に感じることもない。それはまるで、何時間も重いザックを背負って歩いた後、背から降ろしたときの開放感に似ている。
  *

"痛い!"頭に石があたったのか、頭をさすりながらあたりを見渡す。花があたり一面咲いているだけで、風もなく静寂だ。"ゴツン!!"とまたきた。"痛い!"気のせいではない。確かに、石をぶつけられたような痛さは走る。

"Hisa! 俺じゃないぞ"とブライアンが笑って見ている。"ここには、お前しかいないじゃない"とブライアンに向かって怒鳴る。"俺じゃないぞ”と、ブライアンは笑い転げている。

"ヒュー゛と、白い鳥が頭に向かって突っ込んでくる。"Hisa! 逃げろ!!"とブライアンはおどけた調子で叫ぶ。慌てて、カメラの三脚を振り回して、鳥の攻撃から頭を守る。キョクアジ゙サシの攻撃だ。
高山植物が咲き誇るお花畑は、鳥たちの棲家であったのだ。

いつのまにか、鳥たちの子育て場所に進入していたのだ。よく見たら、あちらこちらに、鳥が巣を作っている。あたりにはおびただしい数の鳥がいた。卵を温めているもの、雛をつれて餌をついばんでいるもの、飛びながら餌を集めているもの、チャーチルが鳥達に占領されてしまっているかのようだ。

実際は、人間の方が侵略者なのだろう。”思い知ったか”と彼等の攻撃は、執ようである。

写真を撮るどころではない、空中に飛んでいる鳥達が、攻撃してくる。ヒッチコックの映画「鳥」を思い出す。”逃げろ!!鳥達よ!お邪魔してごめんなさい”だ。

いつもシロクマを探していて、地面ばかり見ていたので、すっかり空への注意を怠っていた。これではとても鳥達とは、仲良しにはなれそうもない。

どこを見ても。そこは極北の大地が呼吸しているようだ。

その時初めて、ブライアンが長い木を担いでいることに気づいた。木の先は、頭上より高い位置に掲げていた。鳥はその木の先ばかりを攻撃してくるので、彼は頭を攻撃されない。木の杖だと思っていたのに、鳥から頭を守るための武器だったのだ。夏には夏の極北の生き方があるもんだ。きっと何千年も前からの先住民のしぐさだろう。

"Hisa! 杖貸してほしいか!今晩のビール一本と交換でどうだ"と大笑いしている。

   *

"Hisa! おまえは、寒さにも弱いが、鳥にも弱いな。チャーチルでな。鳥は手で獲るんだぞ"とまじめな顔をする。"嘘を言うな! 手で獲れるはずがない。悪党ブライアンめ!"と大声で答える。何かをたくらんでいる顔だ。

町からは、トラックで15分、高さも10〜15メートルの黒い岩が繋がっている。"ここは秘密の狩猟場だぞ"と大きな岩のくぼみを指さす。遠くからは見えないが、その岩の影には、トラックが入れるような場所があった。トラックから一歩出ると、白い鳥が攻撃してきた。

ブライアンは、トラックの上に乗り、手を高く差し出している。その手をめがけて、鳥が攻撃してくる。すかさず鳥を、鷲掴みにしようとする。次から次へと鳥が手にめがけて飛んでくる。"見ていろ!今度こそ捕まえるぞ!!カメラの準備はいいか?"と手をさし伸ばす。

極北の達人は、どこへ行けばどんな鳥がいて、どんな癖を持っているかを全て熟知している。何度も鳥を捕らえるためねばったが、その日はついに不首尾だった。空っぽの季節は季節なりの楽しみがあるものだ。

極北の夏に、生きる命を体験することで、いままでに自分の思いあがった考えに一撃を加えられた気がした。

(続く)

講座 キョクアジサシ、Arctic Tern

体長、36−43センチ、長い尾羽を持つ。夏、繁殖地は、北部ユーラシア大陸北部、アラスカ、カナダ北部など北極圏の海岸やツンドラで巣作りをする。非繁殖期の冬には、南半球にまで渡りをする。ときには、東南アジア、アフリカそして南極圏まで渡る。まさに南極地から北極地間、約35、000キロを移動するのでキョクアジサシという。卵は、地面に直接産む。タンチョウヅルのように頭の上だけが黒く、のこりは白色である。姿は美しいが、性格は攻撃的である。

 

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しろくまとのおはなし

   つたない文でもあっても                             へたくそと言われても気負わず伝えてみたい                  混沌とした時代                                   心通じる人がいればよい                             一人いればよい。二人いたら、財産家。

   こんな写真が出来ました

 

(3)まっしぐら

 

 

 

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