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野生動物写真家への思い (その二)         チャーチルへ出発

ウイニペッグ空港でのチャーチル行き待合室には、今まで見たこともない厚着の旅行者、イヌイットの親子やインディアンが多い。重そうなスノーブーツをはいている。ハイヒール や短靴は、もう遠い世界のものとなる。勿論、スカートをはいている女性はほとんどいないし、飛行機の女性乗務員もスラックスが多い。

飛行場と言っても、飛行機に搭乗するには、ターミナルから出た後は、滑走路を歩いて行く。雪だろうが雨だろうが歩かなければ、飛行機には乗れない。

ウイニペッグを午後3時過ぎに、30人乗りの小さなプロペラ機で飛び立った。3時過ぎに出発したといっても、悪天候のため二時間遅れである。チャーチル地方は、 昨夜から天候は小雪、温度はマイナス8度。寒さのため飛行機に氷がつくと出発がいつも遅れと言う。これも10月半ばの話だ。

首をすくめないと飛行機の中には乗れない。片方一列、反対側は二列に座席が並んでいる。座席と言っても指定はなく勝手に座る。機内も小さく、安全に関する説明をする乗務員の頭もほとんど天井につく。

機内の前半分は、荷物置き場で、時には犬や猫も置かれる。手荷物も大きめのものは全て荷物置き場へ持っていかれてしまう。手荷物よう半券も手渡されることはない。”荷物は、大丈夫だろうか”

飛び立った飛行機は、北極からの強風と闘っているためか、やたらにエンジンが唸っている。ジャンボ機と違って、振動もなかなかのものだ。すばらしい始まりになるのか、落 胆となるのか・・・・・搭乗機の席はほぼ埋まっている。    

飛行機が飛び立ってから1時間半過ぎたあたりで、森林限界線を越えてツンドラ地帯に突入する。真っ白に凍り ついた小さな湖が数え切れないほど見られる。しかし色は、白か灰色だけだ。

時々自分に言い聞かせなければ、見慣れない景色の中では"本当に、ここまで来る価値あるの?"と不安になる。窓から景色を見ているはずなのに、いつの間にか自分の心の底 を眺めている。

飛行機が飛び立ってから二時間が過ぎる、もう1000キロは飛んだだろうか、ハドソン湾沿岸まではもう少しだ。エンジン音は、正確だ。

10月というのに風景は凍えている。眼下に 展開するツンドラの景観は、不気味なまでに静まりかえり、太古のまま人を寄せつけない様相を見せていた。一筋の道もない。民家も耕地も何も見あたらない。白と灰色 の茫漠とした広がりは、永遠の時を刻んでいるようだ。

点在している小さな木と、凍りついた湖が、わずかばかり風景に味付けしている。つい数時間前までウィニペッグの青空がが、人の心を浮き立たせてくれていたのに、ここでは色というものを永久に消し去ったかのようだ。

飛行機が空港に降り立つと、そこはただ神に見捨てられたような荒涼とした土地が、無愛想に出迎えてくれた。湿原が続くツンドラは、強風のため雪も深くは積もらない。むきだしの岩も、寒々とした光景を増す味つけとなっているだけだ。小雪混じりの風に吹きつけられて、東京から2日がかりの長旅の疲れも手伝って、底知れぬ不安 に襲われる。 

(C)1997-2006,Hisa.